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広島高等裁判所 昭和53年(く)12号 決定 1978年5月22日

少年 S・T(昭三五・四・五生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、附添人○○○○、同○○○○共同作成の抗告申立書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

論旨は要するに、少年を中等少年院に送致する旨の原決定は、その処分が著しく不当であるからこれを取り消し、さらに相当の裁判をされたいというものである。

そこで少年に対する保護事件記録及び調査記録並びに抗告事件記録を精査して検討すると、本件保護事件の概要は原決定が示すとおりであつて、要約すると、Aと共謀のうえ昭和五二年七月二二日の深夜、Fを府中市内の工業団地に連行し、殴打するなどの暴行を加え、また脅迫して、現金二万円を喝取しようとしたが果たさなかつたという恐喝未遂の事案(原決定1の事実)、Bら数名と共謀のうえ同年一〇月一三日夕刻ごろ、府中市内においてGに対し、不良グループの勢威を背景に脅迫して同人から腕時計一個を喝取したという恐喝の事案(同3の事実)、及び同年八月一日・同年一一月一二日・同年一二月二〇日・同五三年一月一〇日いずれも府中市内において、吸入目的のもとにシンナーを所持しあるいはシンナーを吸入したという毒物及び劇物取締法違反の事案(同2、4、5、6の事実)であるところ、右恐喝未遂の事案においては主としてAが被害者に暴行・脅迫したもので、少年は「金を貸してくれ」と口添えした程度であること、被害者Fから寛大な処分を望む旨の上申書が提出されていること、恐喝の事案においても主たる実行者は少年ではなくCらであつて、少年は「Cに時計を貸してやれ」と口添えした程度であること、原決定後少年の保護者は入質されていた腕時計を受け戻して被害者Gに返還し、同人から嘆願書が当裁判所に提出されていること、その余の事案はいずれもシンナーの所持ないし吸入というものであることは、いずれも所論指摘のとおりであると認められ、原決定の認定したこれら非行事実を形式的に一覧すると、いかにも軽微な事案のみにとどまるように窺えないこともない。しかし、さらに子細かつ実質的に考察すると、到底そのようには解せられないのである。すなわち、前示一件記録によると、大略次のような事実が認められる。

一  少年は本籍地の中学二年に在学していた昭和四九年一一月中旬、A(原決定1の事実の共犯者)らと共謀のうえ窃盗三件を犯して資金を作り、大阪に家出して保護され、同五〇年三月四日右窃盗保護事件により保護観察に付されたが、シンナー吸入癖は既に右中学二年当時から始まつていること

二  しかし右保護観察の成績は不良であつて、Aが岡山少年院を仮退院すると、同人との交遊が復活し、夜遊び・外泊・シンナー吸入等が顕著になり、交遊範囲も成人の年長者らに及び、折角高校に進学したものの学業進まず、同五一年一〇月中旬高校一年で中退し、遂に同年一一月二七日広島保護観察所長から異例の犯罪者予防更生法四二条一項による虞犯通告がなされる一方、数回にわたるシンナー吸入の非行事実及びD(原決定3の事実の共犯者Bの弟)から賍物である現金約三六万円を収受した事実等も判明し、観護措置決定を受け資質鑑別ののち、友人と絶縁し真面目に働くことを期待して処分が保留され、同五二年一月から姫路市のパン工場で住込み工員として働いていた。その後約半年間は必ずしも職場に順応してはいなかつたが格別問題行動が認められなかつたので、同年六月三〇日再度保護観察に付されたこと

三  しかるに、右終局処分を受けるや、その直後の同年七月四日右工場を退職して住居地に戻り、従来の交遊関係を再開して原決定1の非行を犯し、同年八月四日逮捕されたが、さらに原決定2のとおりシンナーを吸入して原付自転車を運転中職務質問を受け、少年の母が身柄引受をしていたことも判明し、右各非行によつて再度観護措置決定がなされたのち、同年八月二五日少年の父の兄が経営するパン工場で働かせ十分監督するという保護者の強い要請を考慮して、試験観察に付されたこと

四  けれども少年は期待に反して数日右工場で働いたのみで、その生活態度にはなんら改善の兆しがなく、従来の友人との交遊が続き、シンナー吸入も止むことがなく、原決定3ないし6の非行を犯し、昭和五三年三月一七日観護措置決定がなされたのち、原決定を受けたこと

五  右記の三回にわたる資質鑑別の結果によると、少年は知能は普通域にあるが、情緒不安定・意志薄弱タイプであつて持続性が乏しく、不良年長者に追従し徒遊生活に耽溺して生活目標を全く失つた状態であり、シンナーに逃避する習慣が固定化していること、単独で非行に及んでいないとはいえ非行準備性は極めて高く、地域の不良交遊に強く依存し、内省力の稀薄さから真剣に自制する姿勢が認められないこと、等が問題点として指摘されていること、そしてこの鑑別結果は前摘記の一ないし四に照らしても正当であると判断されること

六  少年の家庭は両親のほか大学を卒業して就職した兄一人が同居し、両親は常に少年の監護に熱意を示しその更生に尽力して来たことが認められるが、現段階においては、少年にいかに注意し監督しても一向にその効がなかつた従来の経験から、焦燥感を抱き処置に窮しつつも、なお施設収容には感情的に強く反対していること、そして帰宅を許されるならば広島市内に移住し、母・兄・少年の三人で働くことを考慮していること

右認定の事実を総合して判断すると、本件においては非行事実が比較的軽微なことや、被害の回復等に形式的に捉われて処遇することは到底適切とはいえないのであつて、少年の資質、特に意志薄弱、生活意欲の欠除、非行準備性の高揚、不良年長者への追従依存等を強力に修正することが肝要であると思料されるのである。所論は検察官送致にされた場合執行猶予になる可能性が濃いことを考慮されたいとか、前記の広島市内への移住を計画中であることを斟酌されたいと主張するけれども、所論にそう処遇をすることは再び少年に従前と同ようの生活様式の繰り返しを許すこととなり、到底適切な処遇であるとはいえず賛同できない。

右の次第であつて、少年に対してはもはや在宅処遇の域を脱していると判断され、施設における矯正教育を施す必要があり、しかもシンナー耽溺という逃避機制が強まつていることから脱却し健康を取り戻すために、収容には相当の期間を要すると認められるので、少年を中等少年院に送致することとした原決定は相当であり、論旨は理由がない。

よつて、本件抗告は理由がないから、少年法三三条一項後段により棄却することとして主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 竹村壽 裁判官 谷口貞 出嵜正清)

〔参考一〕 抗告申立書

一 抗告の趣旨

原審決定を取消され、公正なる裁判あらんことを求める。

二 抗告の理由

(一) 少年の生いたち

少年は男二人兄弟の末つ子であり、長男は○○○○大学を今春卒業し、広島市内の会社に就職した。父親はまじめな会社員であり、家庭環境に明白な欠陥があるわけではない。しかるに、近時の少年の一般的傾向でもあるが、親よりも友人との関係を大事にするような傾向を中学二年生の三学期(昭和四九年)頃から生じ、素行の悪い友人達とシンナー遊び等をしてきた。

(二) 本件各非行について

1 本件非行事実は、シンナー遊びのほか、<1>昭和五二年七月二二日のF(当時二二歳)に対する金二万円の恐喝未遂、<2>同年一〇月一三日のG(当時一七歳)に対する腕時計(一二、〇〇〇円相当)の喝取、<3>同月二〇日の右同人に対する金一万円の喝取とされていたところ、<3>の事実については、原審における審理の結果非行事実なしとされた。

2 <1>の事実は、二歳年上のAと一緒に被害者の車に乗り込み、給料日に金二万円の支払を約させたが、それを遂げなかつたものである。被害者に対し、Aは脅迫し、暴行を加えているが、少年は暴行は全く加えておらず、明白な脅迫的言辞も発していない。<2>の事実は、いずれも年上のB、E、Cとともに、被害者を車に乗せその腕時計を喝取したものである。しかし、この事実においても主体となつて恐喝を行つたのは、Cである。<3>の事実についても少年はAが被害者から金員を喝取したところへは立会つていない。

3 このように、この少年の場合、年上の友人に付和随行して非行事実の中に加わつているのが特徴である。これまでの非行歴をみても、独りで粗暴な犯行を行つたことはなく、友人環境次第では実社会で生活を送りながら更生してゆける可能性を残していると思料される。

(三) 両親の監護方針

1 右<1>の事実につき、昭和五二年八月二五日に右裁判所において試験観察の決定がなされたが、翌、九月初めおじの経営しているパン屋にしばらく勤めたのみで、以後無為徒食の生活に入り、右シンナー遊びや、<2>の非行を重ねた。この点につき、両親は遅まきながら、少年に対する監護が不十分であつたことを痛感するに至つておる。被害者Gに対して、入質してあつた腕時計を返還し、<3>の喝取金員の弁償もし、被害者から嘆願書も得ている。

2 この少年の場合、右述の如く現在の友人関係からの隔離が必要である。そこで、両親は、長男が広島市内に就職したのを機会に、母親のS・Y子、少年の三人で広島市内に居住し、できうれば、母親と少年は同一の職場に勤めることによつて、少年に対する監護を徹底し、少年の更生を計つてゆくことを計画し、準備を始めている。

3 少年の更生は、親の監護のもとで行われるのが最も妥当であり、理想である。その意味では、少年院における更生は次善の策であり、親による更生の可能性が残されている限り極力回避されなければならない。また、本件が仮に検察官に送致された場合執行猶予が付される可能性が強いことも考慮する必要がある。

原審において、少年は現在の友人関係を断つために居住地の府中市から移転することを決意しており、両親も右述の如き計画(原審では岡山県への移転)をしていた。昭和四九年頃以降の少年の長期にわたる非行について、両親が全く無関心でいたわけではないが、本件を契機として監護があまりにも不徹底であつたことをようやく認識した。このような状況で、少年が親の徹底した監護によつて更生する可能性は十分存在する。

(四) 結論

以上の如き諸事実に鑑みれば、原審の決定は著しく不当であるので、その取消を求めて本申立に及んだ。

添付書類(編略)

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